January 03, 2004

カンボジア旅行記 1

mai in Cumbodia, 2003/12/30〜2004/1/3

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カンボジアは急激に変化しているところです。
内戦がやっと終わり、5年ほど前からやっと観光客の受け入れができるようになった国。
驚くほど悲惨な時代を、ごく最近に経験した国です。
私がこれまでに行った国々にはなかった重い歴史があって、ちょっと辛いところもありました。

私たちはアンコールワットなどの遺跡がたくさんある街、シェムリアップに三泊して、
そのうちの一日は首都プノンペンの観光をしました。
新しいホテルが次々に建ち、人々はシャイであたたかいです。
お金すられたけど。
なにより、暑くて湿った南国の空気とおいしい料理が素晴らしいです。

カンボジア旅行記 2

-the 1st day, 2003/12/30

5時半起きで、眠い目をこすりながら8時に空港集合。

c5.JPG 福岡空港の国際線ターミナル

カンプチェア航空にトラブルが起きたらしく、10時まで待ってくださいと言われる。
10時にアナウンスで呼び出されて集まると、航空会社の人が出てきて、
「飛行機がバンコクで止まっているので、14時にもう一度集まってください」
ということでした。
ぶーぶー言いながら解散、私たちは時間つぶしにキャナルへ。

家族と和也くんと5人で映画を観る。すばらしいニモ。
「遅れてよかったねー」などとのんきに言いつつ。

空港に戻ると「皆様の飛行機は、ただいまカンボジアを出発しました」っていう
わけのわからないことになっていて、今度は18時まで待つことに。

待合室を準備されて、見知らぬ人同士の宴会が始まったり、
添乗員に激怒するおじさんが現れたり、いろんな人間ドラマが繰り広げられる中、
午後7時過ぎにやっと出国、8時半にやっと飛行機は離陸しました。

そういうわけで、カンボジア旅行1日目は福岡空港で過ごした一日となりました・・
3食を空港で食べるというのは、これから先、もうないだろう。そう願いたい。

c2.jpg 10時間20分遅れの搭乗口

日本時間の午前1時にカンボジア、シェムリアップ空港に到着。
予定では午後早く着いて、そのへんをぶらぶらできるはずだったんだけど、
もう疲れていたので寝ました。

c3.jpg シェムリアップ空港に到着

シャワーは、一回に30リットルしか出ないらしいので、
れいちゃんと「15リットルずつね」、と言ってバスルームに入ったものの、
15リットルがどれくらいまでなのかさっぱりわからない。

c4.JPG シティアンコールホテルの一室

お湯使い放題の日本は本当にすばらしいな。
そういえば、アメリカの寮でもお湯が途中で水に変わっていました。
帰ったら温泉に行こう、温泉万歳・・
そんなことを思いながら、カンボジア1日目の夜は更けてゆきました。

カンボジア旅行記 3

-the 2nd day, 2003/12/31

暑い大みそか。

c9.jpg ホテルのツリー

カンボジアでは、いたるところにクリスマスツリーが飾ってある。
夜にはカウントダウンパーティーでさんざんクリスマスソングを聞かされることをこの時の私たちはまだ知らない。
クリスマスなのかニューイヤーなのか、夏なのか冬なのか?混乱します。

まず、アンコールワットへ。
    
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12世紀ごろに建てられた、巨大な石積みのヒンズー教寺院です。
こわいような衝撃と感動が押し寄せる。
何も考えずに来た気楽な観光客を圧倒するエネルギー。
ここは気楽に来るにはおこがましいのかもしれない。

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c8.JPG 結婚式

c14.jpg 手すりがないと降りられない

傾斜75度の急な階段を上る。
途中で、母が「こわい!」と叫びだして、死ぬほどこわかった。
壁にへばりついているかんじで、落ちて死ぬかと思った。
今思い出しても冷や汗が。。でもこれまで落ちた人はいない、そうです。

c7.jpg クメールランチ、アンコールビールを飲む。

午後は、アンコール・トムへ。
巨大な石積みの都で、王の住居や寺院などがあります。

c10.jpg 四面仏顔像、よく見るとてっぺんが顔

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おばあさんのお坊さんにお線香をもらってお参りする。
おばあさんは笑顔でずっと話しかけてくれたけどよくわからなかった、
「オークン(ありがとう)」と言って、礼拝所を出る。
 
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お濠で裸で水を浴びている子どもたちがいました。
人なつっこい。

夕方、アンコール三聖山のひとつ、プノン・バケンに夕日をみにいく。

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帰り道が暗くなるので、陽が沈むちょっと前に下山する。
真っ赤な太陽がだんだん隠れて、急に寂しくなる。
寂しい気分でてくてく降りる。

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そうすると、象がたくさん来て、狭い道を何度もすれちがう。
ふんが巨大て、見ていたら寂しい気分もどこかにいってしまった。

c13.JPG 女の人が花びらをまいているところ

夕食はホテルの庭でカウントダウンイベント。
ステージの上で、白人女性が延々とクリスマスソングを歌う。
大晦日にクリスマスソングというのは、困惑するものです。

そのあと、宮廷舞踊のアブサラを見ることができ、これはすてきでした。
バリ島で見たのに似ている。
その中の一人がきれいで、みんなで前に見にいく。
本当に美しい女性でした。
あまりの美しさにれいちゃんが泣きそうになっていた。。
写真では真ん中の人です。見えにくい。

早めに引き上げてホテルの部屋に帰ると、庭のパーティーの音がうるさくて眠れない。
カウントダウンの後は皆が踊り出し、音楽が部屋に響く。

悪夢はそのあとでした。
午前3時ごろ、急激におなかが痛くなって、1時間ほどのたうちまわる。
薬をもらって飲んだら吐いてしまう。
さらに1時間くらい苦しんで、頭痛薬も飲んで、疲れきって寝ました。
東南アジアではよく夜中にこうなる。水かなあ。。

ほんとに新年早々、明けて3時間で死にそうになってしまった。
これで今年のいやなことが全部抜けたのならいいけど。

カンボジア旅行記 4

-the 3rd day, 2004/1/1

元旦の朝。
首都プノンペンに飛行機で行くので、5時半に起きて出発。
前の晩はカウントダウンの騒音と激しい腹痛でほとんど眠れず、
朝食も食べられなくて、へろへろのままバスに乗って、シェムリアップ空港へ。

c25.JPG  バスから見た初日の出

c26.JPG プノンペン行きのプロペラ機

機内に煙が出て、一時騒然となりながらプノンペンに到着。
日本に3年間留学していたという、若いなりたてのガイドさんと。
彼の話もプノンペンの風景も逃すまいとがんばったけど、
2、3時間しか寝てないので、さすがにうとうとしてしまって、もったいなかった。

その中でわかったこと。

c21.JPG 市内

c24.JPG バスから

1970年代に、急進的な共産主義者のポル・ポトがカンボジアを社会主義国にしようとして、
たくさんの人々を捕らえて強制労働させたり、刑務所に入れて次々に拷問して虐殺した。
カンボジアの人口の1/4、180万人が殺されたといわれている。
そのせいでカンボジアは今も傷だらけで、まわりの国々より何十年も遅れた状態で、
教育も行きとどかず、貧困にあえいでいる。
そういうことが実際にあったということ、その愚かさに脱力。。
月並みな言葉だけど、その歴史を知って、繰り返さないようにするしかない。
お正月の旅行で、こんな重いことになるとは思ってなかったよ〜。
でも知らなかったから、つらいけど、知ってよかった。

まず、キリング・フィールドへ。
 
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ここは、その名のとおり、ポルポト派が、捕まえた人々を殺した場所。
地面に掘った穴のふちに人を立たせて、後ろから首を棒で叩いて殺す。
こんなところだけど、やっぱり観光地なので、足のない人や腕のない人がいて、
お金を入れる容器を持ったりくわえたりして、座っている。

裸足でぼろぼろの服を着た子どもたちもたくさんいて、
元気のない声で「お金ちょうだい」と言いながらずーっとついてくる。
そんな中、誰かが足のない人にあげたお金を、子どもの1人がひったくって、
警備員の怒鳴り声が響く中、だーっと田んぼの中を逃げていった。
それはすごい光景だった。
小さな、小学校にあがるかあがらないくらいのやせ細った子どもたちが、
20人も連なって、すごい勢いでどこまでも裸足で逃げていった。

カンボジアの平均月収は21ドル、平均年収は260ドル。
私たちが100円と思っている1ドルは、1日の収入より大きなお金っていうことになる。
「1ドルを取って、脱兎のごとく逃げるのもしかたがないな。」と、
父がぼそっとつぶやいたのが聞こえたけど、ほんとにそうだと思った。
呆然と見てるしかできなかった。

次に、ツールスレン博物館へ。
   
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博物館の門をくぐった瞬間に、思い出した。この建物に見覚えがあること。
あるジャーナリストがここを訪問する番組を見たことがあった。彼は泣いていた。
「あーなんか、やだな」と思ったけど、やっぱりだった。
そこは、もともと学校だったのを、ポル・ポト派が刑務所に使ったところだった。
刑務所と言っても、罪のない普通の人たちが、殺されるために連れてこられたところ。
拷問や処刑もここで行われていた。

まず独房に入る。
ベッドがあって、血が残っている。
殺された人の服が山積みになっている部屋もあった。

次に、殺された人たちの写真が、何部屋にもわたって何千枚も展示してある。
この収容所で撮られた写真。
おじいさんや、子供や、若い人も、男の人も、女の人も。
兵士が、お母さんの目の前で赤ちゃんを木に叩きつけて殺している絵。

こんなに衝撃的に陰気な場所には初めて来た。
長崎の原爆記念館もやっぱりいやだったけれど、けたが違う感じ。
生々しいどころじゃない。死臭がただよっていた。
ていうか、こんなところに連れてこられるなんて思ってなかったよ〜。
外に出て、お昼の強すぎる日差しのなか、みんな無言でバスに戻る。打ちのめされて。

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昼食へ。
これを見た直後にごはんっていう行程は、どう考えても明らかに間違っている。
全員が食欲を喪失して、混乱ぎみに黙りこんで、重いムード。
だけど、かわいいところだったのでちょっと元気になった。たべた。

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かわいい店内と、昨日のお昼よりテンション落ちた私たち。

そのあとは、王宮や国立博物館を見学して、やっとちょっと普通の観光っぽくなった。

c33.JPG  王宮と母

ワット・プノンというところでは、両手のないおじさんが子どもを連れていて、
子どもが持っていた箱が空っぽだったので、1ドル入れる。
でも、彼らはもらったお金をどんどんポケットに詰め込んでいるということが後でわかった。
商売上手め〜。
生き延びるために自分で手足を切る人もいると聞いたけど、ほんとだろうか。
そんな話ばっかり、うんざりで辛い。

c36.JPG ワット・プノン

夕方、また飛行機でシェムリアップに帰る。

c29.JPG 飛行機から

c34.JPG ホテルからの夕焼け

ごはんを食べてビールを飲んでおとなしく寝ました。

カンボジア旅行記 5

-the 4th day, 2003/1/2

5時に起きて、アンコールワットに朝日を見に行く。
元旦は人がとても多いため、1日ずらして。
真っ暗なので、懐中電灯を持って西参道を進む。
カンボジアも今は真冬なので、昼間は暑いけど朝はTシャツでは寒いほど。

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徐々に夜が明けていく様子。雲も晴れていく。

c49.JPG 門と空

c50.JPG 日の出を待つたくさんの観光客

この中にまぎれて、すっぴんで、30分くらいぼーっと座って太陽が昇るのを待つ。
空の色が刻々と変わって、とても幻想的。

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空がだんだんオレンジになって、やっと太陽が顔を出す。
アンコールワットの真上から出てくるかと思ったら、ずいぶん右の方だった。
人々の顔にも明るいオレンジの光が。

いったんホテルに帰って、朝食をとったりして、
チェックアウトまでの空き時間に、母と妹と一緒にホテルの横の市場に行ってみた。

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カンボジアも、やっぱり香港とかと同じで、食事は外の屋台で食べるのが普通みたい。
色々などろどろした正体不明のものが売られている。

上に布が張ってあって、背中をかがめないと歩けない。
こわいところだった。何がというと言い表せないけど、なぜか戦慄を感じた。
足のない人がすがりついてきたりするのも、悪いけどすごくこわかった。のもあるし、
生活の場のなまなましさに触れたからかもしれない。
妹は、インドに行ってきたばかりなので平気そうだった。

チェックアウトして、アンコール遺跡群の観光に出発する。
遺跡三昧の1日のはじまりです。

□スラ・スラン

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王様が水浴をするところ。「世界一広いお風呂です」って説明されたけど、てか湖。
写真は、ここでおみやげ物を売る子どもたちです。
なぜか観光客に近寄ってこなくて、遠くで「イチドル!イチドル!」と叫んでいる。
「オネエサンカワイ!」「ワタシカワイソウ!」とか、誰が教えるんだろう。

□バンテアイ・クデイ

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12世紀に建てられた、今でも現役の仏教寺院。
壁にたくさんの彫刻。

□タ・プロム寺院

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12世紀の王が、母を弔うために建てた寺院。
大きな木が生い茂る密林の中の荒れ果てた姿は、発見された当時のままだそうです。
石が今にも落ちそうなところがいっぱいあった。
森の中の遺跡というものに、どうしようもなく心が魅かれる。いくら見ても飽きない。

ランチは、タイ料理のビュッフェ。

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ここのごはんがおいしすぎて、食べ過ぎました。
隣のテーブルにいた男性が、グリーンカレーを4杯もおかわりしていて、
この2人から陰でいつまでも「ミスターグリーンカレー」と呼ばれていた。

□プリア・カーン

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9世紀に、王が両親のために建てた寺院で、年代がわかっている遺跡の中では
もっとも古いものだそうです。

□ニャック・ポワン

c43.JPG 池の様子(今は水はない)

巨大な池と、その周りを囲む4つの小さな池があって、真ん中に2匹の大蛇の彫刻。
それが仏教的宇宙観を表しているそうです。
すごいのは、この池に漢方薬を満たして、王様の薬にしていたっていうところ。
ライオンや象や人間の彫刻があるんだけど、それぞれの口から薬が出てくるようになっていたらしい。
なにそれ・・ということしか考えられない。
こんなにいっぱいどうやってつくったんだろう。
そして、なんでそんなに必要なのか。こんな池に作った薬を飲んで、本当に効くのか。

□タ・ソム
 
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僧院なんだけど、ここも激しく崩壊している。
そのなかに、木の根っこに覆われた門があった。裏側も根っこに覆われている。
ここをくぐってきたんだけど、ぞっとするかんじ。
なんでこんなことに?木はどこからきた?すごい。
この門だけは、木のおかげで壊れそうにない。

□プレ・ループ

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夕方に近くなっていて、私たちにとっては最後の遺跡。
言い伝えによると、火葬を行った場所だということです。階段を登っていく。

ずーっとガイドの真似ごとのようなことをしながらついてくる男の子がいた。
チップをせがまれるだろうけど一生懸命だしまあいいやと思って、彼の話をきいて一緒に歩いた。
カンボジア語だから、言っている意味はほとんどわからない。
途中で、「チップくれるよね?下には警察がいるから今ちょうだい」と英語で言うので、
「ありがとう」と言って1ドルを渡すと、「2ドルちょうだい。学校に行かないといけないから」と言う。
えー、ぜんぜん意味わかんなかったのに。と思ってちょっとむっとして、
「だめ。1ドル。」と言って私はスタスタ歩いて振り切っていった。
今思えば、なんでもう1ドルくらい快くあげられなかったんだろう。
学校に行きたいって言ってるのに。。なぜか私は、お金をそれ以上あげられない心境になってしまっていた。

それでも彼はしつこくついてくるから、ついに妹が1ドルを渡して、ブレスレットをもらっていた。
あのとき、お金を渡すべきだったのか、それ以上渡さないべきだったのか、わからない。
でも、せっかくこうやって写真まで撮って仲良くなった彼と、
1ドルのお金のことなんかでいやな感じで別れてしまうくらいなら、渡せばよかった。
いかにも、身勝手な観光客の考えっていう感じだけど。

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これが、この旅で私が唯一後悔していること。この時のことを思い出すと切なくなる。
彼はガイドになりたいのかな。ガイドは、カンボジアでは一番の花形の仕事。
1ドルしか渡さなくて悪かったけど、一生懸命勉強して、立派なガイドになってほしいと祈っています。

夕食後、クメール式マッサージへ。

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こういう部屋で、簡単な服に着替えて、ずらーっとならんで受ける。
1時間くらいで、体がうそみたいに軽くなった。
マッサージをする若いカンボジア人の女の子たちは、何事か話してはくすくす笑っていてかわいい。
たぶん私たちのことを話しているんだけど、いやな感じではなかった。
言葉は通じないけれど、お互いにこにこして、心が通じている気がした。
横では妹がくすぐったがって笑っていて、笑い声が絶えないマッサージ部屋。

マッサージの後、ホテルの待合室でしばらく休み、
午前1時の飛行機でシェムリアップを福岡に向けて出発した。長い一日だった。
さようならカンボジア、衝撃のカンボジア。

カンボジア旅行記 6

-the 5th day, 2004/1/3

機内泊だったので、帰国するだけの日。

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c23.JPG 飛行機の窓から見えた夜明け

カンボジア、すごすぎ・・・

あの殺された人々の血のにおいをかいで、確実に何かが変わったと思う。
それは、「無意味な殺し合いは、心底いやだ」ということを、体で実感してしまったこと。
何百万回も言われてきていることだけど、これに尽きました。

c51.JPG 福岡空港に到着

福岡へ向かう飛行機の機内アナウンスについて。
カンボジア人の男性が英語と日本語のアナウンスもしていて、
それは3ヶ国語話せるということだから、とてもすごいんだけど、それにしてもおもしろすぎた。

まず英語の方も、平気で変なところで切ったりしていて、
"Fasten your seat. Belt thank you" とか。でもまだましだった。

日本語のアナウンスは、「コチラハ、シートベルトデゴザイマス」から始まった。
そこでけっこう「?」と思ったんだけど、
次に「小サナオ子様ヲオ連レノオ客様ハ、ゴ自分ノベルトヲ締メテカラ、オ兄サマヲ膝ニオ抱キクダサイ」と。

でもなんとなく笑ったら悪いような雰囲気で、必死で笑いを噛み殺していたんだけど、
そんなへんてこな放送がえんえんと続くので、わらいすぎておなかが痛くなった。
「読書ヲオ楽シミ! ノ客様ハ、ど。 クショトウヲゴ利用クダサイ」
と言った後、とうとうなぜか彼本人も笑い出し、笑いながらのアナウンス。超適当。
そして極めつけに、「詳シクハ、安全ノオシリヲ」「アッ!安全ノシオリヲッ!!オ読ミクダサイ」
という、狙っても言えないようなことを言い放った。

「本日ハ、ご搭乗マコトニアリガトゴザイマシタ」と締めくくったときにはほっとして、
思わず機内に拍手が起こっていた。
拍手に包まれた飛行機は、和やかに福岡空港に到着しました。

c54.JPG 買ってきたもの サンダル、キャンドル、バッグ、たいこなど。 

できれば、いつかまたカンボジアに行ってみたいと思う。
今度はツアーじゃなくても行けると思うので、アンコールワットの草の上で、思いっきりぼーっとしてみたい。
あの博物館にはもう二度と行きたくないけど、きらいだからといって忘れないようにして。

カンボジア。
アンコールワットは素晴らしかったな。
でも、リゾート地に行くような気楽さで出国したらガツンとやられます。。
ほんと、こんなんと思ってなかった。私が無知すぎたんだけど。

長文にお付き合いありがとうございました。

-おわり-